クラシカル・エレガンス/ハプニングス・フォー,サイケデリック,60年代,ロック,名盤" /> クラシカル・エレガンス/ハプニングス・フォー([日本サイケ]グループ・サウンズ)の回。" />
サイケデリック帳 HOME > [日本サイケ]グループ・サウンズ > クラシカル・エレガンス/ハプニングス・フォー
ハプニングス・フォーの2ndが素晴らしい。
ザ・ハプニングス・フォー
クラシカル・エレガンス バロック&ロール (1969)
1969年は、グループ・サウンズの衰退、ニューロックが台頭しはじめる混迷の時代だと思うが、このアルバムはGSでは無く、ニューロックとも捉え難い、異色で珠玉。
タイトル通り、クラシカルとロックを交差させるコンセプトアルバム。各曲において、流行曲と古典をスライドさせる。
基本はカバー曲集。半分は、ビートルズやママス&パパスのポピュラーソング。残り半分は、クラッシク、童謡、シャンソンといった他ジャンルから選曲されているが、単なる古典ではなく、いずれも、60年代半ばに、海外のアーティストによってポップスとしてカバーされたものばかり(カバー曲のカバーということ)。
つまりは、エレガンスと銘打ちながらも、中身は全て大衆曲なわけで、ハプニングス・フォー(クニ河内)のエンターテイメント性と、パーソナルな嗜好が表れていて面白いが、それよりも凄まじいのは、ホントにエレガンスに仕上げている、その手腕。完成度の高さは果てしなく。
曲目と元ネタを眺めるだけでも楽しいので、以下に並べてみました。
(”原曲について”クリックで、元ネタを表示します。調べていて面白かった。)
”誓いのフーガ”は、ティンカーベルス・フェアリーダスト(何者だろう?)による1968年の曲。原曲はクラッシク(バッハ)だが、静謐というよりも物悲しい。
”エリナー・リグビー”は、言わずもがな、ビートルズ”リボルバー”収録の1966年ヒット曲。この2曲を繋げるアレンジが、最高。
”スカボロ・フェアー ”は、サイモン&ガーファンクルのシングル(1968年)が有名だが、原曲はクラシカルな英国バラッドらしい。
”ラバース・コンチェルト”は、”誓いのフーガ”と同じくバッハをアレンジしたポップソング。黒人女性三人組のトーイズにより1965年リリース。日本では、金井克子が1966年の紅白で熱唱してたりする。
”ラスト・ワルツ”はシャンソンの名曲(ピーターも歌っていたりする)。1967年にエンゲルベルト・フンパーディンクという渋いおっさんが歌ってヒットさせています。渋すぎる・・
これにビートルズの男泣きな”ヘイ・ジュード”を繋げる心憎さだが、それを爽やかに仕上げる手際に感服。
”悲しき天使”は、もともとはロシア民謡らしいが、メリー・ホプキンがポール・マッカートニーのプロデュースの元、1968年に発表、これも大ヒット。
その後、多国籍アイドル、ヴイッキーが仏語カバー(同じく1968年)しているが、こちらも良くって。
で、”恋は水色”は、逆にヴィッキーがオリジナル。1967年の出世曲だが、こちらは後にポール・モーリアによるインスト曲がアメリカで大ヒット(1976年)。
ヴィッキーは67年から70年代初頭にかけて4度も来日の人気アイドル。クラシカル・エレガンス発表のころは認知度も高かったことでしょう。
それにしても、ヴィッキーはイイっすね。
ドナドナは、説明不要の国民的哀歌。元はユダヤの曲らしいが、1961年に米国で、ジョーン・バエズが歌いヒット。
日本では、1965年にザ・ピーナッツが”ドンナ・ドンナ”(!)として発売するも、歌詞が少し異なる。より悲しい感じ。
翌年、岸洋子が安井かずみの訳で発表し、みんなの歌に採用され、日本人の心に根付きました。
”夢のカリフォルニア”は、1966年の大ヒット、ママス&パパスの代表曲。泣きの切なさ。
ドナドナの哀しみを、夢のカリフォルニアの切なさに繋げる芸達者!
最後の2曲はオリジナルだが、前に並ぶ佳曲群に負けていません。
このアルバムでは、クニ河内の編曲能力だけでなく、彼自身の曲と歌詞の素晴らしさも堪能できる。
透明度高く、アート色の強いこの作品は、前作に位置する”ハプニングポップス”と合わせて楽しみたいが、このアルバムに続く3rd”アウトサイダーの世界”では、ガラリと作風を変えているのだから、その多芸ぶりには呆れるばかりだが、その魅力にドップリと浸ってしまう。
なお、アルバム名「クラシカル・エレガンス」は、あの”JUN”の60年代のキャッチコピー。ラブリーなジャケットもJUNのポスターだったりと、コラボレート作品。
60年代のJUNといえば、そのポスターには宇野亜喜良も関わっていて、当時の宇野亜喜良と共に東京イラストレーターズ・クラブを立ち上げた横尾忠則はハプニングス・フォーのデビュー・シングルのジャケットを手がけている。また、横尾忠則と宇野亜喜良は共に天井桟敷のポスターを手がけているわけだが、クニ河内は、その天井桟敷の音楽(”書を捨てよ、町へ出よう”等)に関わっていたりと、この時代は、色々と繋がっていますね。
