サイケデリック帳 HOME > [サイケ]実験・ミニマル > テリー・ライリー In C
テリー・ライリーのことは、昨年、ジョン・ケイルとの共同作品を手にしてからずっと気になっていた。 レコ屋の店頭にて、”サイケデリックな傑作が再発”とのPOPに惹かれて購入したのは、現代音楽の古典。
Terry Riley
In C (1964)
一聴して思ったのは、
”うん、これはサイケじゃないな。”
極めてミニマル。果てることの無い単調さ。小刻みな音、音、音。ミニマルミュージックの大傑作らしい。 これでトリップは可能だろう。だが、サイケデリックの形容は適しているのか?
スピーカーの前で茫洋とたたずんでいると、私のマイノリティな嗜好に極めて寛容な家内から、”コレ、しんどいから止めて”、STOPがかかってしまう。
この単調すぎる反復こそがミニマルたる所以だろうけど、解釈によっては無機質で神経質なノイズ。好きでない人には精神的圧迫になるかも。確かにキツイいよね。ごめんなさい。
私のイメージするサイケ・ミュージックには、ある程度の装飾、チープさ、大仰だけれども五月蠅くないような、そんなテイストが含まれている気がする。ブルースハークのElectric Luciferや、Afterglowなどがそう。
うん、これはサイケじゃないな。
サイケではない気がしますが、自分でも意外なほど愛聴しています。
利用シーンは、一人での街への外出、誰とも言葉を交わさない休日歩行。大勢の他者の中で、恐ろしいほど沈み込めます。